2007(平成19)年も暮れに押し迫った頃『アルピコ再生支援』の見出しが信濃毎日新聞の1面に大きく掲載され、地域に衝撃を与えました。債務超過はグループ全体で182億円。事実上の倒産状態でした。当時、グループ全体の従業員数は6000人余り。運輸、小売、観光サービスなど、県民生活に関わる事業を多く抱えていたこともあり、金融機関の支援を受け翌2008(平成20)年よりてグループの再生が図られることになりました。

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当時、利用者が減少傾向にあった上高地線については、2008(平成20)年3月に、老朽化した施設の更新に多額の費用が必要として「単独での事業継続は困難」との見方が示され、存続問題が浮上します。

ここで、この当時の我が国の鉄道をめぐる状況として、2000(平成12)年の鉄道事業法改正について触れておきましょう。この改正の大きなポイントは、鉄道事業の廃止手続きが簡略化されたことでした。(従来は監督官庁の許可が必要であったものを届出制に変更)結果、全国各地で不採算路線の廃止が相次ぎ、2008(平成20)年までの8年間に全国で25路線、距離にして574.1kmの路線が姿を消しました。

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余談ですが、筆者が上高地線に通い始めるのはちょうどこの頃。当時、新村車両所に留置されていた5000形電車を拠点とする有志の会「古い電車で新しい語らいの会」への参加がきっかけでした。同会は引退した5000形電車を「まちの縁側」として地域コミュニティの場として活用することを目的に、松本大学・松本電気鉄道・新村地区住民が中心となって発足したものです。
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2010(平成22)年、松本電気鉄道は創立90周年を迎えます。この年の4月、沿線の東筑摩郡波田町が松本市と合併。上高地線は全線が松本市を走る路線となりました。それから半年後の11月、同市は上高地線の施設更新に対する支援を表明。2011(平成23)年から、老朽化した施設の更新が進められることになります。この年の4月にはアルピコグループの運輸事業を再編したアルピコ交通株式会社が発足。上高地線の正式名称も「アルピコ交通上高地線」となります。(※1)

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企業としての再生を目指す中で、上高地線でもこれまでなかったような取り組みが増え始めます。写真は2010年の冬から運行が始まった「ワイン列車」の様子。電車の車内でワインとお弁当を楽しむ企画です。観光のお客様が減る冬の期間に、普段は上高地線電車を利用する機会が少ないお客様へのPRも兼ねて企画されました。こうしたイベント列車の企画とともに、割引率の高い12ヶ月通学定期券や1日フリー乗車券の発売など、事業者としての需要の掘り起こし策も展開されました。

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2012(平成24)年3月には、施設更新事業の一環として新村駅の新しい駅舎が竣工し、同月24日より供用を開始しました。新駅舎には水洗トイレが設けられ、冷暖房も完備。利用者・事業者のサービス環境が向上しました。同駅は、2009年(平成21年)より運行がはじまった松本市西部地域コミュニティバスの発着点ともなっており、地域の公共共通の結節点としての役割を果たすこととなりました。
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渚駅にある「渕東なぎさ」さんの駅名板

2010年代の上高地線を語る上で外せないのが、上高地線イメージキャラクター「渕東なぎさ」さんの存在です。初登場は2012年3月。上高地線の運転士さんが発案し、デザインも社員の方が手掛けたオリジナルキャラクターです。同月20日に開催された「上高地線ふるさと鉄道まつり」が”初仕事”でした。それまで堅いイメージがあった会社からアニメ風のキャラクターが登場したとあって話題となり、関連グッズの販売もスタート。翌2013(平成25)年3月からは彼女のイラストを車体にあしらった『なぎさTRAIN』が運行を開始し注目を集めました。登場から9年経った現在も上高地線のイメージリーダーとして同線を発信しています。
 

こうした官民の様々な取り組みもあって、上高地線の利用者は増加。過去最低を記録した2006年度の131万人から、2019度には170万人台へと回復しています。